3年続けたポケモンGOをやめることができた。もう数か月アプリを開いていない。私の中に一体何があったのか。なんだか人生の重りをひとつおろせたような感覚だ。この落ち着き具合も信じられない。
目次
ポケモンGOやめられた
小学生に笑われても続けていた
これまで「こんな思いをするならやめよう!」と誓った日でさえ、次の日にはアプリを起動していた。
始めて間もない頃、近所の公園脇でポケモンをとっていたら男子小学生数人が自転車で通りかかり、追い抜きざま、私に向かって「ポケモンGO!」と叫び走り去っていった。その男子は立ち漕ぎしながら勢いをつけて声を浴びせるという徹底ぶり。私は小学生男子が本当に嫌いだが、そうだ、こういうことをするのが小学生男子なのだ、ああ嫌い嫌い、と自分の中にある憎しみを再認識した。しかし一方で、彼らはここにポケストップがあることを知っていたからこそ、中年の私をからかってきたのだ。確かに私は彼らにバカにされるようなことをしているではないか。そうだ。彼らは正しい。こんな公園のそばでチャリを停めてポケモンにボールをぶつけている中年はバカにすべきである。納得。屈辱に耐えつつ、途方もない情けなさに襲われた私は、もうポケモンは辞めようと思った。小学生男子は無神経さと残酷さを持つ生き物であるが、同時に、忖度ナシの本音を口に出すという特徴がある。だから、これが世論なのだ。良い大人が公園でアプリを連打している姿は格好の良いものではない。
真冬のジムで粘着されてもやめられなかった
情けない想いをしたのはこの時だけではない。かつては夜に6キロのジョギングをした後でポケストップやジムをまわるのが密かな楽しみだった。走り終わったやいなや、秒でポケモンGOを開いて周囲をチェック。倒せそうなジムが見つかるといてもたってもいられず、そこが自宅と反対方向であろうが走り出しバトルに明け暮れていた。
ある真冬のとんでもなく寒い日、いつものように震える指でアタックボタンを連打し、6匹のジムポケモンを倒した。白ジムになる瞬間を拝もうと画面を見つめていると、再びポケモンたちのHPが全回復した。何者かが遠隔で金のズリの実を使ったのだ。ポケモン6体を倒すのはなかなかの労力だった。このジムは落としたい。私はいらだちを感じて再びジム戦に挑み6体を倒した。しかし敵のポケモン達はまたしても全回復していた。遠隔でジムを回復させ続ける誰かに無性に腹が立ってきた。繰り返すが、私は真冬の寒空の中、スマホを連打しているんだぞ。今は日曜の夜であたりは真っ暗。それなのに相手は温かい屋根のある自宅でぬくぬくとスマホをいじっているのだ。せめて外に出てこい。だいたいこんな時間にポケモンGOの画面に張り付いてジムをチェックしているなんておかしい。私は再びジムバトルを挑んだ。頭に血が上っているのがわかる。再び相手は遠隔で全回復してきた。一方の私は、ついに指がカチカチに震え、感覚がなくなってきた。怒りと真冬の寒さに全身も震えたが、冷静さを失っていた私はまたバトルを挑んだ。しかし、完全回復。私は不毛な戦いをへてだんだんと正気を取り戻してきた。
時計を見ると30分が経っていた。繰り返すが私はジョギング後、汗で冷えきった体で暗い公園近くでスマホを叩いている。相手はまだ自宅にいるのだろうが、私がこの気温の中、外にいることはわかるだろう。もし心があるのなら、少しくらい譲ってくれてもいいんじゃないのか。しかしジムを見ると、何事もなかったかのようにポケモン達のハートは満タンだった。だんだん一歩も譲る気はないという相手の粘着質な思考に薄気味悪さを感じてきた。(私もしつこいけど)ポケモンGOのプレイヤーはこんな人ばかりなのか。ほとほと嫌になり、そんなプレイヤーたちと一緒にプレイしている自分が惨めになってきた。文字通り、自宅までの道をとぼとぼと帰りながら、この時、もうポケモンGOはやめようと誓ったのだ。。
旅先で伝説ポケモンに逃げられてもやり続けた
もちろんポケモンGOのプレイヤーは冷たい人ばかりではない。愛媛県の松山城がそれを教えてくた。友人と旅行で松山城に行ったときのこと。お城への山道を登っていると茶屋の近くにポケモンのジムがあった。
「あ、伝説ポケモン、もうすぐ出る」
私は立ち止まって画面を友人に見せた。もうすぐレイドバトルの時間だった。「じゃあやっていく?」と言ってくれたが、まわりで誰も立ち止まってる人はいない。伝説ポケモンは強すぎてひとりでは勝てないから、残念だが先に進むことにした。すると後ろから声を掛けられた。「ポケモン、やります?」中年の男性がひとり、追いかけてきてくれたようだ。一瞬驚いたが、それでも伝説零度には人数が足りないので断ると、「今、呼んできますんで」と来た道を下っていった。すぐに男性は女性と子ども2人を連れてきた。「家族です」
急展開である。これで5人。できるかもしれない、という期待が膨らんだが、同時に「この家族はどれぐらいのレベルなのかな」と疑問が浮かんだ。とても人の良さそうな家族である。名所に旅行に来たのに家族でポケGOってどんだけほのぼのしているのか。
当時私のレベルは28。全然弱い。まわりが相当強くても勝てない。すでに戦力外なのだ。私がレイドをしたくて、この男性の家族まで呼んでもらったのに、このレベルが低さを言い出せない。
困っているとさらに数人が集まってきた。「ポケモンですか?」「そうです、やりましょうよ」お父さんが新入りのおじさんを誘ってくれている。そんなこんなで、あっという間にプレイヤーは13人になった。(ほんと早いな)それからはみんなで伝説ポケモンと戦った。「大阪から来たんですよ」「私は香川から」バトル中も和気あいあい、会話しながらタップを続ける。「余裕ですね」 カイオーガを倒すことに成功した。実は私はこのように見知らぬ人同士で声をかけあってレイドバトルをしたのは初めて。これまでレイドといえば無言で集まって、気まずそうに離れた場所にスタンバイし、無言で戦って各自散っていくという孤独な遊び方しかやったことがなかった。だからこの時、みんなで伝説ポケモンに挑み、スマホを連打するのは感動した。みんながひとつになっている。その様子を見た時、なんならちょっと涙ぐんでいた。強がっていたけど私は孤独だったのかもしれない。
バトルが終わり、ポケモンを捕まえるゲットチャレンジが始まった。まわりのおじさんも「僕、ポケモンみんなでやったの初めてです」と感動している。この交流がナイアンティックがオススメしてたやつではないのか。これが、オフィシャルな遊び方なのだ。遥か遠く、四国まで来て、ようやく私はポケモンGOの本当の魅力を味わっているのだ!
感動がピークに達したかというところで私を悲劇が襲った。伝説ポケモンに逃げられたのだ。「どう?とれた?」隣の人がのぞき込んでくる。この「松山城山道プレゼンツ伝説ポケモンみんなで捕ろう会」発起人の私がフィナーレでポケモンを捕まえられなかったなんて気まずすぎる。おじさんご家族もニコニコと「この素敵な会を開いてくれてありがとう」というまなざしで私の方を見ている。言えない。カイオーガに逃げられたなんて。頭が真っ白になり、なんだか変な汗が出てきた。私は皆さんにお礼を言い、逃げるように友人とその場を離れた。最後格好よく決められないなんて。ポケモンプレイヤーとして恥ずかしい。そう思い詰めた私は「もうポケモンはやめよう」と心に誓った。
いや、今思うと「逃げられちゃいました。あはは」で良かった気がする。しかし当時はレイドバトルで勝ったのにポケモンに逃げられるという経験が初めてだった私は、もうすごく恥ずかしく感じたのだ。(今ではゲットチャレンジに失敗するのはしょっちゅうだけど)
その後、同僚に「もうポケモンGOをやっている奴なんていないよ」と失笑され、中学校講師をしている友人にも「まだやってんの? 小中学生はとっくに飽きてるよ」、と教わり、取引先の人にも「今やっているのはあの経理の女性だけですよ」とか遠目に指をさされたりしたが、めげずに続けてきた。
ゆっくりとポケモンGOから離れていった
そんな私が、である。開いていない、ポケモンGOを。
ちなみに全くの一人でプレイしていたのでフレンドはゼロ。孤独なポケ活は突如終わりを告げた。冷めてしまったのだろう。
あんなにやめられなかったポケモンをやめることになったのは時間がたったから、いや十分な時間をプレイしたからかもしれない。
さようならポケモンGO。ありがとうポケモンGO。
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