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千葉の納車ばあさん

70代のタクシードライバーが入院。

この言葉を聞いた外国の人たちは「日本には70代のタクシードライバーが存在するのか!?」と、ニュースの内容よりもそっちに驚くという。70代となれば引退してのんびり暮らしている年齢。というのが世界のスタンダードだろう。日本の高齢化は恐ろしい。年をとっても体を酷使して働かなければならないとは、やはりショックな現実だ。

今ではじわじわ慣れつつあるが、私も若い頃に本物の、ガチにヨレヨレの老人がよぼよぼと働いている姿を目の当たりにした時は衝撃を受けた。

その日の前日に一本の電話を受けていた。

丁寧に話してくれているものの、声は明らかにガテン系。私はようやく買った新車を自宅まで運んでもらうことになっていて、明日の到着時間の連絡を受けたのだ。初めて自分の給料で買う車だが、すでに作っていない車種なため、ネットで見つけた個人業者に頼んで、オークションで競り落としてもらっていた。それまで頻繁にやり取りしていた男性はビジネスマン風。てっきりこの人から電話がかかってくるかと思いきや、納車は別の業者に頼んだ、ということらしい。

こちらが怯えているのを悟られないようにしたが、少し怖かった。姿は見えないのに、ゴルゴ13のような角ばった顔に台形の眉毛、がっちりした体型で作業着を着ている。そんなイメージが終始頭に浮かぶ。とにかく車さえ受け取れればいい。ついに念願の車が手に入るのだ。そう思って忘れてしまった。

翌日の昼、インターホンが鳴った。真夏のよく晴れた暑い日だ。

「お車を届けに参りました!」

女性の声、おばさん?の声がする。

モニターをのぞくと、小さな婆さんが立っている。

ん?

婆さんの背後には、白い車が停まっているのが見えた。運転手の付き添いで来たのだろうか。頭の中に疑問が浮かびつつ、車と会える興奮がどくどく胸に湧き上がってくるのがわかった。

表に出てみると、白髪のおばあさんが立っていた。

おばさんじゃなかった。おばあさんだ。長い白髪を後ろで結び、首には白いタオル。薄いブルーの作業着を着た車屋さんスタイル。向かい合うと、身長は150cmはないぐらい。小さい。

ついでに、年齢は70代、80代を超えている? もう判別がつかない。私の日常生活にはそうそう登場しないくらい高齢なのである。頭がパニックになってきた。

おばあちゃんはそんな私の戸惑いなどつゆ知らず、ニコニコと続ける。「非常に状態の良い車ですよ」

え?え?こんなおばあちゃんの車屋さんなんているの? まさか、この無邪気な笑顔の本人に直接聞くわけにもいかない。

車は前の通りに止めてあるので、中に運転手がいるのではないかと、さりげなく車をのぞいた。誰もいない。この間、待ちに待った新車をのぞく感動がぶわっと襲ってきたが、それよりも、

いやいや、待て待て。このおばあちゃんは何者??

もはや、新車よりおばあちゃんの方が気になる。

「すごく運転しやすい車ですよ」

やはり、このおばあちゃんが運転して車を運んできてくれた、ということらしい。この小さなおばあちゃんが?そうなの? だって、きのうの電話をくれた陸送会社の人はゴルゴ13だったよね? そんなゴルゴの元で働いてるの? こんがらがってきたけど、これがリアル。

車のことはすっかり上の空になってしまった私をお構いなく、おばあちゃんはリュックを背負った。ビニールの大きなリュックだ。

「それでは、私はこれで。」

料金はすでに払っていたから、確かにもう役目は終えたことになるが、私の家は駅まで歩いて15分かかる。しかも今は真夏の昼間である。車から折り畳み自転車を下す様子もない。リュックの取っ手を両手でつかんだおばあちゃんに聞いた。

「まさか、歩いて駅まで行くんですか?」

「はい!」

「15分はかかりますよ」

「ええ。いつも歩いているので」

この時、おばあちゃんが私の目をほんのわずか、じっと見た。気がした。

大きなリュックを背負った作業着姿のちっちゃいお婆ちゃんが、真夏の太陽に照らされながら歩くところを想像する。目の前には届いたばかりのピカピカの車がある。

「・・・あの、私、駅まで送りましょうか?」

「ありがとうございますっ!」

はやっ。何の迷いもない。

「戸締りしてきますから待っててください」

ドアのカギをかけながら、ここのゴルゴ13はなかなかアコギなことをするな、と思った。それとも、この女性をひとりで向かわせれば、客が駅まで送らずにはいられない、というところまで折り込み積みなのだろうか。

それと同時に、まだ運転したことのない車を私が乗って、無事に駅まで着けるだろうか。

自分のお金で買った車に初めて乗せた人がこのおばあちゃんって、どうなんだろうか。

そんな思いを振り払いながら駅までおばあちゃんを届けたのだった。

新車の感動は、おばあちゃんにかき消されてしまった。

おばあちゃんインパクトおそるべし。

 

 

 

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